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「評価してる」というより「頭が上がらない」という表現がしっくりくる
「土壌汚染された土地を、耕作地にまで開墾した。」この表現が一番的確だと思うな。
縁も所縁もない親会社変わったチームに来てマイナスをゼロ付近にしてくれた名将。しかも初年度に奥さん亡くしても監督続けてくれた。感謝しかないでしょ。
基礎から〜ってのがよく言われて忘れられてるけど就任前から20勝増やしてるんだよなあ
中畑氏が礼儀やプロらしさという種を植えた後にちゃんと明るい空気を纏って楽しませてくれたラミレス監督になったのもいい引き継ぎだと思うんだよね
10を100にするのは比較的楽だが0を1にするのは本当に大変
負ける事をなんとも思ってないチームの意識改革を行うってめちゃ大変なんよあの闘将で知られる西本さんも阪急の監督になりたての頃は、選手に「これ以上練習をきつくするなら辞めさせるぞ!」とマジ顔で言われたんだぞ(なおその後に鉄拳
キヨシ始球式+解説の試合で日本一になれたの泣いたよ
あの頃のチーム見てると、教える、コーチするというよりも躾けるところからのスタートやし…
-100を0に戻してくれた人や、親みたいなもん
敗けても厳しさの中に明るさがあり、またその後の監督にも踏襲された「敗けても監督インタビューはやる」ということ、敗けて人からいろいろ聞かれるのが嫌なら勝てばいいとなるし
ファンよりも喜んでファンよりも悔しがってファンよりも怒ったからだと思うよ。
プロの興行団体に建て直してくれたから(正確にはそのプロジェクトの一環だった)
1:57最下位常連を最下位争いまで出来るところまでに戻したところは最大の功績だと思うわ。それくらいどうしようもない泥沼にいたところから泥を頑張って掬いあげてくれた方
まずやってくれたのが選手の育成じゃなく人間の教育だから
結果は出ないけど、矢面に立ちながらダメなチームを引っ張ってくれてるのが凄く伝わったから…
火中の栗を火から取り出してくれた人。だと思ってます。ちなべい。
結局6位で終わった最終年も、かなり後半までAクラス入りする可能性残してたし、最下位決定もかなり最後の方だったと思います。記憶で言ってるので怪しいかもですが。同じ6位でも、就任初年度やそれ以前とは全く雰囲気が違いましたね。最初は工藤さんに監督就任を打診して、それを断られて中畑さんへって流れでしたが、工藤さんが監督を務めた場合は、勝率は中畑さんより良くはなったでしょうけど、ラミちゃん就任の2016年以降のAクラスにコンスタントに入れる下地を作ったという意味では中畑さんで正解だったと思います。
試合中、ベンチに座っているキヨシの帽子に蝉が止まったことがあった。それを見た選手たちが本人に知らせずに、指を指してクスクス笑い合ってて、それを見たときに「あれ?チームとして何か変わり始めてるんじゃない?」って、思ったな。野球の成績とは全く関係ないんだけど、チームとしてまとまりかけてるんじゃないか、なんかこう応援したくなるなって感じた瞬間だった。
GWには自力優勝なくなり梅雨明けする前に1 2345➅横浜○は確定になってるようなチームだったもんな
まずスポーツニュースでベイスターズは春季キャンプの特集が無いに等しいくらい誰からも興味持たれてなかったそれを中畑さんが必死に話題作りして選手たちに「プロ野球選手」であるという意識を植え付け、負けることは恥ずかしいことだと気づかせたそして選手たちよりも勝ったら喜び負けたら悔しがりチームを鼓舞するために自ら退場処分になるような激しい抗議をして選手の胸に少しずつ熱い気持ちを植え付けた
松井秀喜を呼んだのは凄かったわ。
インフルエンザに感染し、部屋で隔離されていた事も記事にされました。
@小野澤親 その時も部屋のベランダから手を振ったりしてなんとかベイスターズを取り上げて貰おうと必死だった姿は今でも覚えています
弱いけど少しずつ強くなろうとしていたし強くなってたからなあTBS時代なんて全てが駄目だったけどキヨシ時代になって「センターラインが貧弱なんやなあ」とか「パスボール減らさな接戦勝てんなあ」とか負ける理由が見えるようになったもん
横浜遊び行って、あ、今日野球あるんやったら見るかーでチケット買えて、ビジター側が埋まるのを飲み食いしながら見てたなー今じゃ気楽に見に行け無いもの
中畑監督は、野村監督と同じでプロ意識が低かった球団全体をプロの球団に仕立て直したんだよこれは、弱い球団のジレンマで、選手が負けを許容してしまって勝ちへの執念がなくなり、球団職員も勝ちにこだわらなくなってしまっていたそこを精神的に立て直すのは、労力を使う大変な仕事だよ
泣き虫監督の4年間戦争
しかも愛弟子(番長)が監督業を継いで日本一になる後日談付き。
わかりやすく言うと放射能汚染された地域を人が住めるくらいにしたって感じよマイナスをゼロにしたどころじゃないってこと
「評価してる」というより「頭が上がらない」という表現がしっくりくる
「土壌汚染された土地を、耕作地にまで開墾した。」
この表現が一番的確だと思うな。
縁も所縁もない親会社変わったチームに来てマイナスをゼロ付近にしてくれた名将。しかも初年度に奥さん亡くしても監督続けてくれた。感謝しかないでしょ。
基礎から〜ってのがよく言われて忘れられてるけど
就任前から20勝増やしてるんだよなあ
中畑氏が礼儀やプロらしさという種を植えた後に
ちゃんと明るい空気を纏って楽しませてくれた
ラミレス監督になったのもいい引き継ぎだと思うんだよね
10を100にするのは比較的楽だが
0を1にするのは本当に大変
負ける事をなんとも思ってないチームの意識改革を行うってめちゃ大変なんよ
あの闘将で知られる西本さんも阪急の監督になりたての頃は、選手に「これ以上練習をきつくするなら辞めさせるぞ!」とマジ顔で言われたんだぞ(なおその後に鉄拳
キヨシ始球式+解説の試合で日本一になれたの泣いたよ
あの頃のチーム見てると、
教える、コーチするというよりも
躾けるところからのスタートやし…
-100を0に戻してくれた人や、親みたいなもん
敗けても厳しさの中に明るさがあり、またその後の監督にも踏襲された「敗けても監督インタビューはやる」ということ、敗けて人からいろいろ聞かれるのが嫌なら勝てばいいとなるし
ファンよりも喜んでファンよりも悔しがってファンよりも怒ったからだと思うよ。
プロの興行団体に建て直してくれたから(正確にはそのプロジェクトの一環だった)
1:57
最下位常連を最下位争いまで出来るところまでに戻したところは最大の功績だと思うわ。
それくらいどうしようもない泥沼にいたところから泥を頑張って掬いあげてくれた方
まずやってくれたのが選手の育成じゃなく人間の教育だから
結果は出ないけど、矢面に立ちながらダメなチームを引っ張ってくれてるのが凄く伝わったから…
火中の栗を火から取り出してくれた人。
だと思ってます。ちなべい。
結局6位で終わった最終年も、かなり後半までAクラス入りする可能性残してたし、最下位決定もかなり最後の方だったと思います。記憶で言ってるので怪しいかもですが。
同じ6位でも、就任初年度やそれ以前とは全く雰囲気が違いましたね。
最初は工藤さんに監督就任を打診して、それを断られて中畑さんへって流れでしたが、工藤さんが監督を務めた場合は、勝率は中畑さんより良くはなったでしょうけど、ラミちゃん就任の2016年以降のAクラスにコンスタントに入れる下地を作ったという意味では中畑さんで正解だったと思います。
試合中、ベンチに座っているキヨシの帽子に蝉が止まったことがあった。それを見た選手たちが本人に知らせずに、指を指してクスクス笑い合ってて、それを見たときに「あれ?チームとして何か変わり始めてるんじゃない?」って、思ったな。
野球の成績とは全く関係ないんだけど、チームとしてまとまりかけてるんじゃないか、なんかこう応援したくなるなって感じた瞬間だった。
GWには自力優勝なくなり
梅雨明けする前に
1
2
3
4
5
➅横浜
○は確定
になってるようなチームだったもんな
まずスポーツニュースでベイスターズは春季キャンプの特集が無いに等しいくらい誰からも興味持たれてなかった
それを中畑さんが必死に話題作りして選手たちに「プロ野球選手」であるという意識を植え付け、負けることは恥ずかしいことだと気づかせた
そして選手たちよりも勝ったら喜び負けたら悔しがりチームを鼓舞するために自ら退場処分になるような激しい抗議をして選手の胸に少しずつ熱い気持ちを植え付けた
松井秀喜を呼んだのは凄かったわ。
インフルエンザに感染し、部屋で隔離されていた事も記事にされました。
@小野澤親 その時も部屋のベランダから手を振ったりしてなんとかベイスターズを取り上げて貰おうと必死だった姿は今でも覚えています
弱いけど少しずつ強くなろうとしていたし強くなってたからなあ
TBS時代なんて全てが駄目だったけどキヨシ時代になって「センターラインが貧弱なんやなあ」とか「パスボール減らさな接戦勝てんなあ」とか負ける理由が見えるようになったもん
横浜遊び行って、あ、今日野球あるんやったら見るかーでチケット買えて、ビジター側が埋まるのを飲み食いしながら見てたなー
今じゃ気楽に見に行け無いもの
中畑監督は、野村監督と同じでプロ意識が低かった球団全体を
プロの球団に仕立て直したんだよ
これは、弱い球団のジレンマで、選手が負けを許容してしまって
勝ちへの執念がなくなり、球団職員も勝ちにこだわらなくなってしまっていた
そこを精神的に立て直すのは、労力を使う大変な仕事だよ
泣き虫監督の4年間戦争
しかも愛弟子(番長)が監督業を継いで日本一になる後日談付き。
わかりやすく言うと放射能汚染された地域を人が住めるくらいにしたって感じよ
マイナスをゼロにしたどころじゃないってこと